アドカレ企画!バイオテクノロジーの最先端を支える「合成生物学」ってなあに?

「合成生物学(Synthetic Biology)は、組織、細胞、遺伝子といった生物の構成要素を部品と見なし、それらを組み合わせて生命機能を人工的に設計したり、人工の生物システムを構築したりする学問分野のこと。」

参照: 『日経バイオテク:合成生物学』https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/011900001/20/04/10/00320

 

 簡単にまとめるなら、合成生物学とは【生物システムを人工的に作り出す学問】と言うことができます。

 

 合成生物学の始まりは、フランス人であるステファン・ルデュック(1853〜1939)が著した『La Biologie Synthétique(邦題:合成生物学)』にて、生命現象は物理法則に従っており、原理を理解できれば生体内(in vivo)ではなく、試験管(in vitro)、つまり生体外でその機構を再現できる、という記述であるとされています。

 

 これはデカルト(1596-1650)以降通説となった、機械論的自然観に基づいた主張で、現代人である我々には理解しやすいものではないでしょうか。

 

 合成生物学を【生物システムを人工的に作り出す学問】と解釈するのであれば、その歴史は1980年代から本格的にスタートを切ったと言えます。1980年代の生物学といえば、遺伝子組み換え技術の確立が特に取り沙汰されます。

 

 生物と定義されるものは皆、遺伝物質としてDNA(デオキシリボ核酸)を保有しており、これを設計図にタンパク質を合成します。DNAの情報をもとにタンパク質が合成されることを遺伝情報の発現と呼びます。

 

          遺伝情報発現の流れ(DNA→RNA→タンパク質)

 我々の体の殆どはタンパク質でできていると言っても過言ではありません。タンパク質は臓器(皮膚を含む)、筋肉、毛髪に留まらず、消化酵素、ホルモン、免疫物質(抗体)などに含まれており、生命維持に極めて重要な役目を果たしています。

 

 これらをうまく機能させられなければ生命を維持することはできないので、それを調節するために、DNAという設計図を参考にして、タンパク質を合成している訳です。

 

 遺伝子組み換え技術は、このような生体の機能をうまく活用した技術であるといえます。

 今までの話から、遺伝情報を書き換えることで、合成されるタンパク質をコントロールできるということに、納得ができると思います。設計図が変われば、完成するものも変わる、という訳です。

 

 遺伝子組み換えの例を軽く見ていきましょう。

 

 植物は自身が傷ついた時、例えば昆虫に葉を食べられた時、システミンというストレスホルモンを分泌します。このシステミンはジャスモン酸という、タンパク質合成酵素を阻害する(=昆虫に害がある)化学物質の分泌を促進します。

 つまり、システミンがあると、ジャスモン酸が分泌されて虫が困る訳です。

 

 ここで例えば、昆虫による食害を減らす作物を作りたいとなった場合、農薬をばら撒くのではなく、ジャスモン酸というをより分泌しやすくなるような遺伝子を導入すれば、より人間にとって安全かつ、栽培しやすい作物が作れます。

 

 さて、今話した例の他にさまざま遺伝子組み替えによる恩恵は考えられるのですが、一概に遺伝子組み換えといっても、研究室レベルで遺伝子を組み替えるのはとても大変です。

 

 DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という塩基とデオキシリボースという糖、そしてリン酸により構成されています。同じ鎖上にある糖同士は、リン酸エステル結合によって繋がり、AとT、GとCは各々水素結合によって鎖を跨いで結合しています。AとTは2本の水素結合、GとCは3本の水素結合を持つため、各々相補的に結合できるようになっています。これによってDNAは二重螺旋構造を取るのですが、それはいいとして。

 こういった強固な化学結合によって結びついているDNAを特異的に編集するのは、なかなか大変そうですよね。

 これを実現するために、特定の塩基配列を認識してDNA鎖を切断する「制限酵素」という酵素を用いてDNAを切ったり、貼り付けたりして遺伝子組み換えを行います。

 しかし、これもまたなかなか大変です。本当にDNAが切断されているかを確認するために、電気泳動によって確認したり、PCRをかけたりしなくてはなりません。(電気泳動とは、DNAがリン酸基に由来する負電荷を持つことを利用して、電流を流すことで正極側にどのくらいDNAが移動するかを見ることでおよその塩基対数を確認する手法です)

 

 その上、制限酵素を用いた切断、ライゲーション(DNAが塩基の相補性によって勝手にくっつくこと)では、細かい遺伝子の編集はできません。ガッ!と切り取って、ガッ!とくっつけているので、当然です。

 

 ここで、近年合成生物学が急速に進化した理由である、Crispr cas9という技術が登場するのです!

 

 Crisper cas9とは、自分たちが書き換えたいと思った遺伝子の配列を登録すれば、任意の箇所を切り取って、書き換えたい遺伝子を挿入してくれるとかいうチート技術です。原理の説明には前提知識が必要なのでまたの機会にするとして、こう言った遺伝子組み替えの技術の進歩に支えられ、合成生物学は進歩を遂げました。

 

 この手法をうまく用いていけば、人間が必要とする成分を生物の代謝経路を利用して製造したり(exアンモニア、硝酸など)薬を体内で合成する生物を作って製薬を楽にしたり、エネルギーをなるべく消費せずに有用物質を作る仕組みを確立することができるようになります。まだまだ合成生物学は発展途上の学問ですが、今後一層の発展を遂げること間違いなしですので、今後の発展にご注目ください!